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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)663号 判決

控訴人 下山周作

右訴訟代理人弁護士 堀口嘉平太

被控訴人 恒松慎一

右訴訟代理人弁護士 白井孝一

同 清水光康

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

原判決を取消す。

被控訴人恒松ラク及び被控訴人恒松慎一は控訴人に対し、原判決別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して同目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を明渡せ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決

二  被控訴人

主文同旨の判決

第二主張

当事者双方の主張は、次の1、2を付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人

(一)  被控訴人恒松慎一と一審被告恒松ラク(以下右両名を「被控訴人ら」という。)は共同して本件土地を控訴人から自動車修理工場を設置する目的で賃借し、同地上に右ラク名義の本件建物を建築したが、これを利用して自動車修理業を営んでいるのは被控訴人でありラクはその履行補助者の立場にあるから、本件土地建物は右慎一及びラクが一体となって自動車修理工場のため使用しているものである。したがって、本件建物収去土地明渡の請求訴訟の目的は控訴人と右両名との間で合一的に確定さるべき場合に当るから、同訴訟は固有必要的共同訴訟であるといわなければならず、仮に然らずとするも類似必要的共同訴訟であるから、右慎一に対する控訴は右ラクに対しても移審の効力を有するものといわねばならない。

(二)  本件土地賃貸借は自動車修理の場所として利用することを目的とするもので、建物所有を目的とするものではない。

(三)  本件賃貸借が一時使用のためになされたことが明らかであるというのは以下の事情による。すなわち

(1) 控訴人は、被控訴人らが当時失業中で生活に困り、他に適当な土地が見つかるまで一時的に、本件土地で自動車整備の仕事をしたいと懇願するので、これに同情し短期間だけならとことわって本件土地の賃貸借に同意した。

(2) そのため期間を三年間と限定し、建築する建物は軽鉄骨造であっても簡単なボルトじめで取りはずしの可能なものとすること、基礎打ちコンクリートも一般の土間コン程度とし、三年の期限がきたらこれらを取りはずして他所へ移転することを確約し、また約定の期間満了の際に更新する予定はなかった。

(3) 右のような短期間の予定であったから、権利金、敷金の授受もなく、賃料も格安であった。

(4) かくて以上の約束を明文化するため昭和四五年八月ころ土地賃貸借契約書(甲第二号証)を取り交わし、その中で上述した土地の使用目的、契約の存続期間を明記するとともに、賃借権の第三者への譲渡禁止条項等を特記したが、被控訴人らは異議なくこれに押印した。

(5) 本件土地は当時控訴人が畑として耕作中で登記簿上も農地であったが、一時使用の予定であったので、控訴人は転用の手続もしなかった。

(四)  本件土地賃貸借契約につき、仮に黙示の更新があったとしても、それ以降期間の定めのない賃貸借となったもので、控訴人は昭和四六年四月一六日付公正証書(甲第一号証)作成の際被控訴人らに対し、右契約の解約を申入れたものであるから、それから一年を経過した昭和四七年四月一六日の満了をもって右契約は終了したものである。又仮に然らずとするも、本件訴状が被控訴人らに送達された昭和五二年四月一二日には解約の意思表示があったとみるべきであるから、それから一年を経過した昭和五三年四月一二日の満了をもって本契約は終了したものというべきである。

2  被控訴人

(一)  1の(一)は争う。

(二)  同(二)は否認する。

(三)(1)  被控訴人は本件賃貸借直前友人と共同で自宅の近所で自動車修理工場を営んでいたが、独立することとし、当時空地となっていた本件土地の借入れ方を控訴人夫婦に申し入れたところ、かねて被控訴人らと同人らとはPTAの役員とか町内会の仕事を通じて一〇年来の懇意な間柄であったので、快く承諾してくれた。

(2) 期間については、当時本件土地は荒地のまま放置されていたが整地すれば控訴人としても収入もえられるので、できるだけ長く使用してほしいということであったから、被控訴人は同所で永続的に自動車修理業を営むためこれを借り受けることとした。そして建物についてはボルトじめの取りはずし可能なものに限るとの約束は全然なく、むしろ自動車修理工場は元来陸運局の許可にかかわるものであり、その許可が得られるような一定の設備、構造を具備した堅固な建物を建築する必要があった。そこで土間コンクリートは厚さ約三〇ないし四〇センチの基礎打ちを行い、主柱は鉄骨材を二本接着した丈夫なものを組立てたうえこれを地下約二メートルの深さに固定し、建物上部の各梁にはチェーンブロックを使用して自動車の車体等を吊り上げることができる設備をするものとし、以上の建物の建築確認申請書には控訴人の同意の押印を得た。したがって被控訴人が期間は三年に限定し更新はしない旨の約束をするはずはない。

(3) 権利金、敷金の授受がなかったことは認めるが、それは本件土地は当時荒地であり、被控訴人らはこれを宅地化するため約六〇万円を出捐して整地したが、その利益は控訴人にも帰属するものである。地代ははじめ月額一万円の話であったが一万二〇〇〇円に増額要求があったのでこれに応じたにすぎず、決して格安ではなく通常相当のものであった。

(4) 土地賃貸借契約書を取り交わしたことは認めるが、それはすでに前記整地及び基礎コンクリート工事に着手した昭和四二年八月に入ってからであり、控訴人は右建築工事を見ながら何ら異議をとどめず又期間の点についても「三年ごとに更新しよう。社会通念で三年ごとに切り替えをやっているから」との回答を受けており、賃借権の第三者への無断譲渡禁止条項についても「被控訴人ら以外の者へは貸したくないから」との説明であった。

(5) 本件土地は本件賃貸借契約成立のころは全くの荒地で雑草が茂りごみ屑が捨ててあり、耕作中の農地ではもちろんなかった。

(四)  一の(四)は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  まず、第一審被告恒松ラクについての移審の効力について判断する。

控訴人の本件建物収去土地明渡の請求訴訟は本件賃貸借の終了に基き被控訴人らが共同で所有する本件建物を収去したうえ本件土地の明渡しを求めるものであるところ、この場合、両名の右建物収去土地明渡義務はいわゆる不可分債務であり、両名は賃貸人たる控訴人に対する関係では、各自係争物件の全部について建物収去土地明渡をすべき義務を負うのであって、控訴人は右両名全員に対するのでなければこれを請求することを得ざるものではない。すなわち右請求の目的は、控訴人と右両名との間で合一的に確定さるべき場合には当らないから、本訴訟は固有必要的共同訴訟でもなければ類似必要的共同訴訟ではなく、通常共同訴訟であると解すべきである(昭和四一年(オ)第一六二号、昭和四三年三月一五日最高裁判所第二小法廷判決参照。この判決は所有権に基く建物収去土地明渡請求事件に関するものであるが、賃貸借終了に基く建物収去土地明渡請求事件についても同様に解すべきものと思料する。)。したがって、控訴人が原判決につき、右慎一のみを被控訴人として前記趣旨の控訴を提起したからといって、当然に右ラクに対しても移審の効力が生ずるものということはできない。

二  本案について判断する。

1  本件土地が控訴人の所有であること、被控訴人らが右地上に本件建物を建築所有していることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は昭和四二年八月被控訴人らに対し、普通建物たる自動車整備工場所有の目的で、賃料月額一万二〇〇〇円、毎月一日にその月分を控訴人方に持参して支払う、期間は昭和四五年八月三一日まで等の約束で賃貸したことを認めることができる。《証拠判断省略》

2  控訴人は当審において本件土地賃貸借は建物所有の目的でなされたものではなく、もっぱら自動車修理の場所として利用することを目的としたものであると主張するが、右建物所有の目的については、前認定のとおりである。

3  控訴人は、本件賃貸借については一時使用のためになされたことが明らかであるというが、その具体的事情として主張する事実摘示第二、1、(三)の(1)、同(2)の各事情については、これに副う《証拠省略》は、《証拠省略》に照らしてにわかに措信しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、《証拠省略》によれば、本件契約にかかる建物は、被控訴人が主張する事実摘示第二、2、(三)、(2)の如き設備、構造を有するものであることが推認され、かつ控訴人の自宅は本件土地のすぐ前に所在し、同建物の建築中もまた建築後もこのことについて何ら異議をさしはさむことはなかったことが認められる。さらに控訴人主張の事実摘示第二、1、(三)、(3)の事実については、本件賃貸借のはじめに権利金、敷金の授受のなされなかったことは当事者間に争いがないが、《証拠省略》によれば、本件土地は当時荒地であり、被控訴人らは宅地としてこれを利用するために、整地費用約六〇万円の支出を余儀なくされたことが認められ(《証拠判断省略》)、この事実を勘案すると敷金、権利金の授受のなかったことが本件賃貸借の一時使用性を裏付けるということはできず、また約定の地代額は本件土地の現況等に照らし決して格安であったとは認めがたい。同(4)の事実については、当事者間で本件土地賃貸借契約書(甲第二号証)が取り交わされたことは争いがないが、同号証の第三条によれば「但し、契約期間満了一年前に双方協議の上期間を更新することができる」旨の記載があり、前記認定の本件契約締結にいたる経緯と本件建物の設備、構造等に鑑みるとき、本件契約書が更新を予定せず契約期間を三年と限定する趣旨のものであったと認めることができず、又第五条の賃借権の第三者への譲渡禁止条項の記載をもって、右認定を左右することはできない。さらに同(5)の事実については、当審における被控訴人の供述によれば、被控訴人の妻が本件土地を農地以外に転用するにつき所要の手続をなした事実が認められ、右手続については控訴人の協力なしには完成しないはずであるから、控訴人もこれを了承していたものと推認することができる。それ故、本件賃貸借が一時使用のためになされたことが明らかであるとの控訴人の主張は、到底採用できず、したがって借地法第二条により本件土地賃貸借の期間は少くとも三〇年間である。

4  控訴人の事実摘示第二、1、(四)の各主張は、本件土地賃貸借が借地法第二条の適用のないことを前提とするものであるが、その然らざることは前示のとおりであるから、右各主張はすべて失当である。

5  合意解除の主張について判断する。《証拠省略》によれば、控訴人と被控訴人らとの間には静岡地方法務局所属公証人姉川捨己の昭和四六年四月一六日作成にかかる土地返還契約公正証書が存在し、これには本件土地賃貸借が昭和四五年八月三一日期間満了により終了したことを確認する旨、控訴人は被控訴人らに対し本件建物収去及び本件土地明渡しを昭和四八年八月三一日まで猶予する旨、被控訴人らは控訴人に対し本件土地使用による損害金として一ヶ月金一万五〇〇〇円の割合による金員を昭和四六年五月以降明渡しずみまで毎月初めにその月分を支払う旨互いに約定した旨の記載のあることが認められる。そうして右公正証書記載の条項は、控訴人の主張するように控訴人及び被控訴人らが本件土地賃貸借につき、明渡し期限を定めて合意解約する旨を合意したことを意味するものであるということができる。しかしながら借地法第二条の適用のある土地賃貸借契約の明渡し期限付合意解約は、合意に際し、賃借人が真実解約の意思を有していると認めるに足りる合理的客観的理由があり、かつ右合意を不当とする事情の認められない場合に限り、借地法第一一条に該当しないとされる(昭和四三年(オ)第一一一八号、同四四年五月二〇日最高裁判所第二小法廷判決)ところ、控訴人は本件において右合理的客観的理由及び事情につき何らの主張立証をしていない(本件合意解約についての陳述が公証人の面前でなされたという一事をもって、被控訴人らに真実解約の意思を有していたことを推認するに足りないことはもちろんである。)から、控訴人主張の合意解約は借地法第一一条により無効とするほかはない。

6  以上のとおり、控訴人が主張する本件土地賃貸借終了原因はいずれもこれを肯定することができないから、被控訴人は依然として本件土地を占有使用する権原を有するものといわなければならず、控訴人の本件各請求はいずれも理由がない。

三  それ故控訴人の請求を棄却した原判決は結局正当であるから、本件控訴はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 廣木重喜 原島克己)

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